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何か食べ物

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社会、そしてコミュニティとは、親以外の大人も、子供を指導したり見守ったりしながら育てていくのが普通であったのに、いつの間に子供が接触する大人は親と教師だけに限定されてしまうようになったのだろうか、と思う。さらには異性の知り合いを増やすという、人類の繁栄にとってものすごくベーシックな部分さえもが、ネットでは監視下に置かれることになる。それは軍靴の響きより、よっぽど恐ろしいことではないのか。
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そんな業界構造の中で、ユニクロは「オペレーション効率」を実現している。製造面では早くから中国に進出して高い品質管理を実現し、販売面では単品管理の導入で在庫管理の効率性も高めた。
 一方、魅力のない業界においては重要な「戦略的ポジショニング」の確立には、(1)ユニークなことをやる、(2)やらないことを選択するという二つの取り組みを実施している。
 ユニクロのユニークさは、ベーシックで品質が良く、消費者が信頼できる服を気軽に手に取れる値段で提供したことにあり、その背後にはSPA(製造型小売業)の仕組みがある。
 SPAは他の企業も取り組んでいるが、ユニクロと他社との違いは常にイノベーションを起こしているか否かにある。ヒートテックを例にとれば、昨年に比べ品質の向上が著しく、ニューヨーク店を見ても、商品のカラーバリエーションは今や他社を上回る勢いである。
 他方でユニクロは徐々にジャケット等に守備範囲を広げているが、「ベーシックなアパレル」の枠からは外に出ない。

ユニクロはなぜ2ケタ増収を達成できたのか(プレジデント) - Yahoo!ニュース (via shingoy103)

ユニクロが秀逸なのはプライスが低めに設定されながら、ブランドコントロールは高めに維持できているところだと思っている(SPAは購入要因ではない)。最近ではユニクロックやブラトップのCMなどが有名。そのため購入者の幅が広く、陳腐化しない。日本人が大好きな1点豪華主義にも合うのでオサレ雑誌でも「ユニクロを組み合わせよう」という特集があったりする。「実は、これユニクロなんです」というのが「着方がウマイ=オサレ度高い」というイメージ。あ、当然、安くしたいからユニクロという人にもリーチするけど、多数のオサレフォロワーにもリーチできるのが大事。

本来、服のブランドはステイタスになるので多義的であることは避けるべきなのだけど、ユニクロはコモディティでありながら、オサレにも使えるというポジションを作った。

セオリー(2004年買収)との棲み分けだけど、結局、素材屋(三菱商事)が後ろにいるので、両者とも素材重視でシンプルなデザインということで共通化しているのではないだろうか(セオリーのデザイン/製造工程はあんまり知らないけど)。

海外戦略は、まだまだ微妙なところがあるけど、これからの時代の流れ的にはMUJIのようにエコっぽいことが重要なので、そこらへんがポイントではないだろうか。ZARA(スペイン)は、すでに地産地消をコアにしているけどファッション的にはイマイチ感がぬぐえない(僕の感性ではね)。H&M(スウェーデン)は、ファッション性と安さが武器なんだけど、素材はどうなの?ってところ。

というわけで、可能性はあるのでがんばっていただきたいと思う。もう少しグローバルのアパレルは調べるかな。

(via yusuke-arclamp)

あと非常に大きいのは東レとの戦略提携。アパレルは基本的に「糸屋とどう付き合うか」で、原価からマーケから全部決まります。ヒートテックみたいなのが目立ってますが、両者はたぶん「今年はどの繊維を何色に染色するか」レベルで調整かけているはず。これは利益におそろしく効きます。

(via tekusuke

)

ですねー。あとは糸から布は染めによって不可逆性が生まれてしまうので、流行を作って染色を外さないこともだけど、布レベルでの調整(使い回し)も重要。まぁ、ここら辺はSPAの基本的な能力だけど、スケールがでかいと調整ポイントも色々あるんだろうなぁ。楽しそう。

(via yusuke-arclamp)

ユニクロの伸びについては、経済動向というか消費が果てしなくディフェンシブ化してるというのがありますな。

で、この点については、もしかしてニトリを一緒に考えてはいかんのじゃないかと考えてるんですよ、今日の昼過ぎくらいから。

ユニクロって、破壊者とまではいかないのね。でも、ニトリってのは確実に破壊者という側面を持っている。いろいろと考えて、バスケットでショートしていいんだな、というのが良く分かった。他の要因があるから実際にロングショート組むのはリスキーだけど気持ちとして。

ついでなので余計なことを少し書くと、エコというかそういう立ち振る舞いがどう動くかってのでは、ボディショップが今何やってるっけ?みたいなところにも行っちゃうのかな。

・・・とか思ってたら竹内先生でポーターですか。せんせー、隣の隣の片平先生と一緒にプロジェクトやると面白いかもですよ~、この辺。

(おまけ:染色って、需要動向を見ながら最近は決めてるんじゃないかと思う。素材にもよるだろうけど、染めない段階で止めてて、在庫のはけ具合を見ながら染め以降の工程をやる、と。という話も少し前に聞いた。)

(via swmemo)

同一デザイン同一素材多色展開モノについては、後染め(ベネトン方式)だと思ってたんだけど、どうなんだろう?

(via kush)

後染めでベネトンが最終的にはそんなにうまくいかへんかったのと、新興国市場が立ち上がったので、また少し戻っております。

(via tekusuke)

(via lotaki) (via nagas)
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小林よしのりは、最近、元気がない。『天皇論』も、発売当初こそ村上春樹の新作に次ぐ「二位」につけていたらしいが、あっという間に売り上げランキングから消え、返品の山を築こうとしているらしい。本というものは、売れているかのように見える時が、一番怖いのである。増刷に増刷を重ねた挙句、突然、売れ行きが止まり、返品の山が築かれ、小さい出版社なら、即倒産となるわけであるが、小林よしのりの『天皇論』の場合はどうだろうか。ところで、全力を傾注して打ち込んだはずの沖縄論や沖縄集団自決裁判では、結果的に小林よしのりが支援した原告側(旧日本軍人)が敗訴し、チベット論、アイヌ論では、論理矛盾やダブル・スタンダードを指摘され、それに対してまともな反論も反撃もできずいる。「アイヌ論」「チベット論」では、「単行本化」(『アイヌ論スペシャル』『チベット論スペシャル』?)を予告したにもかかわらず、連載を早々に打ち切り、単行本の話はなかったことにしたいらしく、ただひたすら沈黙している。小林よしのりが、ヒット作『おぼっちゃまくん』の版権を「パチンコ」へ売却したという問題では、小林よしのりの支持者や愛読者だったはずの「ネット右翼」と言われるような人たちから、その変節と転向を激しく批判されている。彼らの批判に対しては、「純粋主義者」と罵倒し、「漫画家が金を稼ぐのが何処が悪い」「プロは売れない漫画は書かない」と居直っているが、「右翼的」「保守的な」思想漫画を描き、中国、北朝鮮、韓国等を激しく批判し続けてきた小林よしのりにしては、おかしな理屈であることは間違いない。

小林よしのり先生、沈没す。-チベットへの同化政策とアイヌへの同化政策は「次元が違う」? - 文藝評論家=山崎行太郎の政治ブログ 『毒蛇山荘日記』 (via utubo) (via makototz)

さすがにパチンコはびっくりしたけど、ともだチンコってことなんだと全くするようにした。

(via mitaimon) (via mediapicnic) (via wideangle) (via nagas)
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たった一人が雑誌を買うことで休刊を救済できるなんてあまりにも陳腐。なんでそこ、誰もツッコまないのかが不思議。当ブログで何度も書いてるけど、広告が入らなくなったというそれだけの理由。ページ広告料がカラーで50万円と仮定して、そのページが埋まらなかった場合に、何冊本誌売り上げの薄利でカバーすればそれが埋まるかを単純に考えればわかるはず。これは単に「広告依存型雑誌の終焉」であって、たかだか70年代末の平凡出版(現・マガジンハウス)あたりから始まった30年ぐらいの歴史の終わりに過ぎない。『STUDIO VOICE』の発行元であるインファスという会社は、タイアップ企画で有名な、その最たる存在でしょうに。
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十五年ほど前からあるブームに「ラーメン」がある。
十年前ぐらいだったろうか、ラーメンブームの渦中にあって、中野にある『青葉』の開発した「魚介系スープと動物系スープの“ブレンド”」というアイデアは余程ロックであったし、お笑いであった。

出し抜けにおかしなこと言ったが、私は正気だ。むしろ出汁抜けである。

今となっては、ラーメンに期待しない時代がかつてあったのが信じられないほど、我々はラーメンに期待するようになった。それがブームというやつである。

『青葉』のブレンドスープはまるで、長調と単調とが入り交じるモーツァルト、もしくはビートルズのような音楽的アプローチに思え興奮したものだ。
やがて「ラーメン」はジャンルとして格段に面白くなり、底辺は拡大、味もずいぶんと美味くなった。

つまり「ラーメン」はベンチャーだったのである。

ビートたけしやタモリという「異質」がお笑いの可能性を拓く以前のお笑いは、いわゆる“ダメなジャンル”であった。
ビートたけしが浅草へ出向いたのは投機目的である。タモリはお笑い自体を他ジャンルの文化人達とからかいまくり、笑いのめした。

彼らは言ってみれば「ラーメン屋」を創業したオヤジなのだった。吉村家だ、わかんねーけど。

バンドブームなんてのもあった。これも幾人もの“創業オヤジ“を生んだ現象であった。
そういえば、ネット産業も一時期はロックな感じの空気感を出していたし、「ホリエモン」という創業者アイコンの暴走は、バブル期のとんねるずと重なって見えた。

今は「お笑い」も「ロック」も“終わってる“時代である。
芸人ほどつまらない仕事もないんじゃないかと思う。ロックはゴリゴリの「商品」だ。
それも双方がジャンルとして成熟したからである。経済的に自立した大人期にあるのだ。

私が個人的にお笑いに感じたものと、ロックに感じたもの、ひいてはラーメンに感じたものは、人類創生の昔からある、後の“ロック的なるもの”と相通ずるに違いない。それは膠着化したものをブレークスルーするにはとても役立つ技術と、精神性だ。
演芸も退屈だった、音楽は特権的すぎて気が引けた、ラーメンに期待する方が間違ってる。そんな抑圧を開放し、凝り固まった価値観をひっくり返す暴力的なアイデアが私は好きだ。おかしみの果てにある“面白味“を感じるのである。

一つの文化が起こり、やがて成熟し、退屈を生むのは仕方がないことである。逆に言えば、そうなる可能性のないジャンルなど「確立」以前に消える。

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昔これを持っていた職人が「いつか誰かが探しに来るから、そのときに分けてやって。つくれるのはもう俺しかいないから」って言って、置いていったって。「何十年もそのままにしておいて、そしてあなたがきょう探しに来た」って。
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向こうの方で「今婚活がどうの、結婚しない人がどうの」という話で盛り上がっていたのだが、男性社員が「要するに、たいして乗らないんだったら維持費考えてレンタカーでいいって話だろ?」と言い放ち、部内が“それだ”という雰囲気に包まれた。
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こういう事?

・米アマゾン
 客への商品の紹介と販売手続きは各国の法人に委託.
 契約と決済は米アマゾンが行い,納税もアメリカ.

・アマゾンジャパン
 米アマゾンの商品を代理で販売(と言っても金銭的なやりとり自体には関わらないんだから販売というより紹介?)
 客への配送も担当
 でも顧客に商品を販売しているわけではないので売買に関わる税金を日本に納める必要はない(という見解)

今までアマゾンジャパンで買い物してると思ってたけど,あれは(アマゾンジャパンによる『米アマゾンでこんなもの買えるよ』,という紹介を通して)米アマゾンから買ってたわけか.
いろいろ考えるもんですね.

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投稿者:   投稿日:2007/06/24(日)20時45分26秒  
休み時間ヒマだったので、上司のパソコンに
 「うんゆ」→「運輪」
 「こくどこうつうしょう」→「国土文通省」
 「せんじつは」→「先曰は」
 「けっさん」→「抉算」
 「ねんどまつ」→「年度未」
 「しゃちょう」→「杜長」
 「おくえん」→「憶円」
 などを辞書登録しておいた。
ugNews.net (via otsune) (via somethingfunny) (via yellowblog) (via reretlet) (via handa) (via ginzuna) (via takaakik) (via wideangle) (via shigesa) (via nagas)
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3週間ぶりに市場に行けた。美味い魚が食いたくて禁断症状が出ていたところだ。

市場は何でこんなに楽しいんだろう、興奮するんだろう?

一方で、スーパーの魚屋に行くと憤りを感じる。

大好きな魚たちが並んでいるのに楽しくない。

* 鮮度が良くない。市場の魚たちはとても美しくて、美味そうなのに。
* 種類が少ない。美味い魚は他にたくさんあるのに単調な品ぞろえだ。
* 値段が高い。同じ魚なら市場の2〜3倍の値段だ。

これでは消費者の魚ばなれが進んで当然だ。

低温物流網やITがこれだけ発達しているのに、なんとかできないのか?

市場に行くのは楽しいけど、行かなきゃ美味い鮮魚にありつけないのはおかしい。

加工食品の開発をしている自分をもどかしく感じる。(すごく面白いけども)

美味いものを多くの人に食べてもらう手段としては、

美味い鮮魚を一般家庭に届ける方が、加工食品の開発より先決なんじゃなかろうか?

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