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ユニクロはなぜ2ケタ増収を達成できたのか(プレジデント) - Yahoo!ニュース (via shingoy103)
ユニクロが秀逸なのはプライスが低めに設定されながら、ブランドコントロールは高めに維持できているところだと思っている(SPAは購入要因ではない)。最近ではユニクロックやブラトップのCMなどが有名。そのため購入者の幅が広く、陳腐化しない。日本人が大好きな1点豪華主義にも合うのでオサレ雑誌でも「ユニクロを組み合わせよう」という特集があったりする。「実は、これユニクロなんです」というのが「着方がウマイ=オサレ度高い」というイメージ。あ、当然、安くしたいからユニクロという人にもリーチするけど、多数のオサレフォロワーにもリーチできるのが大事。
本来、服のブランドはステイタスになるので多義的であることは避けるべきなのだけど、ユニクロはコモディティでありながら、オサレにも使えるというポジションを作った。
セオリー(2004年買収)との棲み分けだけど、結局、素材屋(三菱商事)が後ろにいるので、両者とも素材重視でシンプルなデザインということで共通化しているのではないだろうか(セオリーのデザイン/製造工程はあんまり知らないけど)。
海外戦略は、まだまだ微妙なところがあるけど、これからの時代の流れ的にはMUJIのようにエコっぽいことが重要なので、そこらへんがポイントではないだろうか。ZARA(スペイン)は、すでに地産地消をコアにしているけどファッション的にはイマイチ感がぬぐえない(僕の感性ではね)。H&M(スウェーデン)は、ファッション性と安さが武器なんだけど、素材はどうなの?ってところ。
というわけで、可能性はあるのでがんばっていただきたいと思う。もう少しグローバルのアパレルは調べるかな。
(via yusuke-arclamp)
あと非常に大きいのは東レとの戦略提携。アパレルは基本的に「糸屋とどう付き合うか」で、原価からマーケから全部決まります。ヒートテックみたいなのが目立ってますが、両者はたぶん「今年はどの繊維を何色に染色するか」レベルで調整かけているはず。これは利益におそろしく効きます。
(via tekusuke
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ですねー。あとは糸から布は染めによって不可逆性が生まれてしまうので、流行を作って染色を外さないこともだけど、布レベルでの調整(使い回し)も重要。まぁ、ここら辺はSPAの基本的な能力だけど、スケールがでかいと調整ポイントも色々あるんだろうなぁ。楽しそう。
(via yusuke-arclamp)
ユニクロの伸びについては、経済動向というか消費が果てしなくディフェンシブ化してるというのがありますな。
で、この点については、もしかしてニトリを一緒に考えてはいかんのじゃないかと考えてるんですよ、今日の昼過ぎくらいから。
ユニクロって、破壊者とまではいかないのね。でも、ニトリってのは確実に破壊者という側面を持っている。いろいろと考えて、バスケットでショートしていいんだな、というのが良く分かった。他の要因があるから実際にロングショート組むのはリスキーだけど気持ちとして。
ついでなので余計なことを少し書くと、エコというかそういう立ち振る舞いがどう動くかってのでは、ボディショップが今何やってるっけ?みたいなところにも行っちゃうのかな。
・・・とか思ってたら竹内先生でポーターですか。せんせー、隣の隣の片平先生と一緒にプロジェクトやると面白いかもですよ~、この辺。
(おまけ:染色って、需要動向を見ながら最近は決めてるんじゃないかと思う。素材にもよるだろうけど、染めない段階で止めてて、在庫のはけ具合を見ながら染め以降の工程をやる、と。という話も少し前に聞いた。)
(via swmemo)
同一デザイン同一素材多色展開モノについては、後染め(ベネトン方式)だと思ってたんだけど、どうなんだろう?
(via kush)
後染めでベネトンが最終的にはそんなにうまくいかへんかったのと、新興国市場が立ち上がったので、また少し戻っております。
(via tekusuke)
(via lotaki) (via nagas)
小林よしのり先生、沈没す。-チベットへの同化政策とアイヌへの同化政策は「次元が違う」? - 文藝評論家=山崎行太郎の政治ブログ 『毒蛇山荘日記』 (via utubo) (via makototz)
さすがにパチンコはびっくりしたけど、ともだチンコってことなんだと全くするようにした。
(via mitaimon) (via mediapicnic) (via wideangle) (via nagas)
十五年ほど前からあるブームに「ラーメン」がある。
十年前ぐらいだったろうか、ラーメンブームの渦中にあって、中野にある『青葉』の開発した「魚介系スープと動物系スープの“ブレンド”」というアイデアは余程ロックであったし、お笑いであった。
出し抜けにおかしなこと言ったが、私は正気だ。むしろ出汁抜けである。
今となっては、ラーメンに期待しない時代がかつてあったのが信じられないほど、我々はラーメンに期待するようになった。それがブームというやつである。
『青葉』のブレンドスープはまるで、長調と単調とが入り交じるモーツァルト、もしくはビートルズのような音楽的アプローチに思え興奮したものだ。
やがて「ラーメン」はジャンルとして格段に面白くなり、底辺は拡大、味もずいぶんと美味くなった。
つまり「ラーメン」はベンチャーだったのである。
ビートたけしやタモリという「異質」がお笑いの可能性を拓く以前のお笑いは、いわゆる“ダメなジャンル”であった。
ビートたけしが浅草へ出向いたのは投機目的である。タモリはお笑い自体を他ジャンルの文化人達とからかいまくり、笑いのめした。
彼らは言ってみれば「ラーメン屋」を創業したオヤジなのだった。吉村家だ、わかんねーけど。
バンドブームなんてのもあった。これも幾人もの“創業オヤジ“を生んだ現象であった。
そういえば、ネット産業も一時期はロックな感じの空気感を出していたし、「ホリエモン」という創業者アイコンの暴走は、バブル期のとんねるずと重なって見えた。
今は「お笑い」も「ロック」も“終わってる“時代である。
芸人ほどつまらない仕事もないんじゃないかと思う。ロックはゴリゴリの「商品」だ。
それも双方がジャンルとして成熟したからである。経済的に自立した大人期にあるのだ。
私が個人的にお笑いに感じたものと、ロックに感じたもの、ひいてはラーメンに感じたものは、人類創生の昔からある、後の“ロック的なるもの”と相通ずるに違いない。それは膠着化したものをブレークスルーするにはとても役立つ技術と、精神性だ。
演芸も退屈だった、音楽は特権的すぎて気が引けた、ラーメンに期待する方が間違ってる。そんな抑圧を開放し、凝り固まった価値観をひっくり返す暴力的なアイデアが私は好きだ。おかしみの果てにある“面白味“を感じるのである。
一つの文化が起こり、やがて成熟し、退屈を生むのは仕方がないことである。逆に言えば、そうなる可能性のないジャンルなど「確立」以前に消える。
こういう事?
・米アマゾン
客への商品の紹介と販売手続きは各国の法人に委託.
契約と決済は米アマゾンが行い,納税もアメリカ.
・アマゾンジャパン
米アマゾンの商品を代理で販売(と言っても金銭的なやりとり自体には関わらないんだから販売というより紹介?)
客への配送も担当
でも顧客に商品を販売しているわけではないので売買に関わる税金を日本に納める必要はない(という見解)
今までアマゾンジャパンで買い物してると思ってたけど,あれは(アマゾンジャパンによる『米アマゾンでこんなもの買えるよ』,という紹介を通して)米アマゾンから買ってたわけか.
いろいろ考えるもんですね.
3週間ぶりに市場に行けた。美味い魚が食いたくて禁断症状が出ていたところだ。
市場は何でこんなに楽しいんだろう、興奮するんだろう?
一方で、スーパーの魚屋に行くと憤りを感じる。
大好きな魚たちが並んでいるのに楽しくない。
* 鮮度が良くない。市場の魚たちはとても美しくて、美味そうなのに。
* 種類が少ない。美味い魚は他にたくさんあるのに単調な品ぞろえだ。
* 値段が高い。同じ魚なら市場の2〜3倍の値段だ。
これでは消費者の魚ばなれが進んで当然だ。
低温物流網やITがこれだけ発達しているのに、なんとかできないのか?
市場に行くのは楽しいけど、行かなきゃ美味い鮮魚にありつけないのはおかしい。
加工食品の開発をしている自分をもどかしく感じる。(すごく面白いけども)
美味いものを多くの人に食べてもらう手段としては、
美味い鮮魚を一般家庭に届ける方が、加工食品の開発より先決なんじゃなかろうか?